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      <title>あなたの知らない湘南</title>
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      <description>地元民でも知らないような湘南（藤沢・茅ヶ崎・平塚etc）情報</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>バーベキューで注意すること</title>
         <description>夏が近づくと車庫や庭の倉庫からバーベキューの道具を探し出し、ほこりを払いはじめます。


よく言われていますが、&quot;バービー&quot;とはオーストラリア、アメリカ、カナダの人びとの生活に長年の間なくてはならぬものであったといいます。


イギリスでも同じようにしだいにポピュラーになってきました。


ちょっと考えるとバーベキューで焼いたものは高温・短時間の加熱だからとりわけ安全だと思いがちです。


まっ赤になった炭は信じられないほどの高温を発し、どんなバクテリアや毒素でも確実に殺し分解してしまいます。


しかし世の中そう単純ではありません。


どんな形の調理でもまちがいは起き得るのです。


たとえばバーベキューの熱はときにあまりにも激しいため、経験不足の人は外側は灰にし中身までは熱が通っていないことがあります。

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         <pubDate>Wed, 25 Aug 2010 11:00:11 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉からバスに乗って・・・２</title>
         <description>瑞泉寺

夢窓疎石が禅院にふさわしい景勝の地を選んで創建した寺。

本堂裏には、夢窓疎石作といわれる石庭がある。

かつては草木に埋もれていたが、昭和44年に古図面を基に復元された。

植え込みや石組みなど、一切の無駄を省きながら池や中島、滝などの庭の約束事をすべて備えた池泉式庭は、禅の根本精神を表している。

鎌倉駅から大塔宮行きバス10分の終点下車、徒歩15分。


土鈴の店

瑞泉寺の総門近くにある土鈴の専門店。
水仙や梅、桔梗、紅葉など瑞泉寺境内に咲く花をテーマに、ご主人が一つ一つ丹精こめて手描きしている土鈴は、手作りの温もりある音色。

鎌倉駅から大塔宮行きバス10分の終点下車、徒歩15分。</description>
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         <pubDate>Mon, 09 Aug 2010 15:34:22 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉からバスに乗って・・・</title>
         <description>永福寺跡

奥州征伐の際、中尊寺や毛越寺の荘厳さに感動した頼朝が、源義経、藤原泰衡らの冥福を祈って建久2年(1191)、永福寺の造営に着工した。翌年には中尊寺二階大堂を模倣した本堂が完成をみた。

かつては鶴岡八幡宮寺(現在の鶴岡八幡宮)、勝長寿院とともに頼x創建の三大寺院に数えられていたが、応永12年(1405)に炎上した。

昭和51年からの大規模な発掘調査により、壮大な伽藍配置のほぼ全容が解明された。

鎌倉駅から大塔宮行きバス10分の終点下車、徒歩7分。</description>
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         <pubDate>Mon, 19 Jul 2010 15:33:44 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉と島津氏の繋がり…藤原氏</title>
         <description>惟宗姓から島津姓を名乗るようになった忠久は武勇にも秀でていたから、文治五年(一一八九)の奥州・藤原氏攻略で先鋒をつとめ、戦功をあげた。

すでに頼朝側近の御家人として鎌倉幕府の中枢にあったのだ。

しかし、建仁三年(一二〇三)比企能員が対立する北条時政に殺害され、居館(鎌倉・妙本寺)を夜襲されるという事件が起こった。

このため、能員の甥である忠久は比企氏側で反北条と目され、南九州三か国の守護職を解任されることになった。</description>
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         <pubDate>Fri, 09 Jul 2010 18:07:22 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉と島津氏の繋がり…三郎から忠久</title>
         <description>三郎は惟宗姓をあたえられ、七歳になったとき実父の頼朝に会い、のちに元服するとき烏帽子親をつとめた畠山重忠から「忠」の字をもらって「忠久」と名乗ることになった。

忠久はそののち重忠の娘を妻にしている。

貞嶽夫人である。


頼朝とこのような関係にあったからだけでなく、忠久はきわめて優秀な人物だったから文治元年(一一八五)に日向・島津荘(宮崎県都城市)の下司職(荘官)に任じられ、翌二年には地頭職に出世して巨氏の祖・島津忠久の墓島津姓と丸に十の字の紋を拝領した。

このころの島津荘は宮崎県南部と鹿児島県全域の南九州摩・大隅・日向の南九州三か国の守護職に任じられた。</description>
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         <pubDate>Sun, 27 Jun 2010 23:06:47 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉と島津氏の繋がり…西国へ</title>
         <description>丹後局はそのあと基通の仲立ちによって近衛家の家司(秘書・執事)であった惟宗広言(民部大輔)ることをおそれ、やむなく鎌倉を出て西国へ逃れることにし、摂津・住吉(大阪市住吉区)までたどりついたが、そこでにわかに産気づいて住吉神社の境内で男の子を生み落すことになった。

ときに治承三という。</description>
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         <pubDate>Wed, 09 Jun 2010 20:06:16 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉と島津氏の繋がり…源頼朝</title>
         <description>島津家の祖・忠久の出自にかかわる。

忠久の父は、源頼朝。

母は、比企能員の妹・丹後局である。

夫・頼朝が丹後局を愛していることを知った正室・北条政子は怒った。

子供が生まれる前後に激しい雨が降ってあたりを浄め、境内にある稲荷神社のキツネが火をともして丹後局を守ったと伝えられている。

そして、このときたまたま住吉神社に詣でていた摂関家筆頭・近衛基通はこの母子に深く心を打たれ、二人を京へ連れ帰って鎌倉の頼朝にこのことを知らせた。

知らせを受けた頼朝は、子供を三郎と名づけた。</description>
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         <pubDate>Thu, 27 May 2010 19:05:29 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉と島津氏の繋がり…東海道</title>
         <description>嘉永六年(一八五三)八月二十一日の辰の刻(朝八時)のことで、その二ヵ月ちょっと前にはペリーが浦賀に来航して日本はさらなる激動の時期を迎えようとしていた。

篤姫は陸路大坂に向かい、大坂から川船で淀川をさかのぼって伏見へ向かった。

伏見から京都市中へ。

京都では御所の北側に隣接する近衛家を訪れて養父・忠熈を表敬訪問した。

さらに京都から東海道を下って十月十五日には大井川を渡り、十月二十二日には鎌倉に到着し、鶴岡八幡宮に参詣した。

新暦で考えると本殿に登る石段の脇の大銀杏の葉が黄葉している時候で、それは篤姫の目にどう映ったのか。

二ヵ月をかけたなんとものんびりした旅だが、途中東海道を外れて鎌倉・鶴岡八幡宮に参詣したのには理由があった。

薩摩・島津家の発祥である。</description>
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         <pubDate>Sun, 09 May 2010 22:05:04 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉と島津氏の繋がり…正室</title>
         <description>徳川将軍家の正室は従来から慣習的に公家方から迎えていたから、篤子はさらに摂関家筆頭・近衛家の当主・忠熈の養女とされ、名を敬子とあらためた。

篤姫を養女に迎えた忠熈の夫人は斉彬の父・斉興の養女・郁子(実父は島津斉宣)だったから話は早かった。

それだけでなく、後で述べるように島津家と近衛家は鎌倉時代からきわめて親密な間柄にあった。

将軍・家定のもとへ送り込む篤姫に対して、斉彬は、次の将軍は一橋慶喜に決めてもらうよう努めてほしいといったという。

篤姫は数十人の供の者を従えて薩摩を出発した。</description>
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         <pubDate>Tue, 27 Apr 2010 22:04:27 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉と島津氏の繋がり…南紀派</title>
         <description>紀州・徳川家の慶福を推す守旧派である井伊直弼、大奥などの「南紀派」と、水戸の一橋慶喜を推す開明派の島津斉彬、松平慶永(春嶽)、阿部正弘らの「一橋派」が真っ向から対立したのである。

この一橋派の期待を一身に背負って将軍・家定のもとへ嫁がされることになったのが「丈高く、よく肥り(『昨夢紀事』中根雪江)といわれ斉彬はまず従姉妹の於一を養女にし、名を篤子とあらためた。</description>
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         <pubDate>Fri, 09 Apr 2010 21:03:33 +0900</pubDate>
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         <title>鎌倉と島津氏の深いつながり</title>
         <description>幕末維新の政略結婚で有名なのは何といっても孝明天皇の異母妹・和宮が有栖川熾仁親王との婚約を破棄して十四代将軍・家茂のもとへ降嫁したことである。

そして、その和宮の姑にあたる天璋院篤姫もまた幕末の動乱期であるがゆえに、政略結婚を強いられた女性であった。

天璋院は薩摩藩主・島津斉彬の叔父・忠剛の女として天保七年(一八三六)に生まれ、名を於一といった。
そして、病弱な十三代将軍・家定への不安感から将軍継嗣問題が浮上しはじめた。

於一が成長したころの日本は穰夷論がにわかに激しさをましつつあった。</description>
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         <pubDate>Sat, 27 Mar 2010 21:02:49 +0900</pubDate>
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         <title>伍代目哲麺　平塚金目店</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://seattle-webworks.com/images/54776576.jpg"><img alt="54776576.jpg" src="http://seattle-webworks.com/images/54776576-thumb.jpg" width="248" height="186" /></a>
あっさり味の九州トンコツ
極細麺の替え玉は驚きの50円。

<a href="http://seattle-webworks.com/images/6796967979.jpg"><img alt="6796967979.jpg" src="http://seattle-webworks.com/images/6796967979-thumb.jpg" width="330" height="247" /></a>

昭島や八王子など西東京で展開するラーメン店が、神奈川1号店を09年4月にオープン。

特注の極細ストレート麺は、スープとよくなじむうえ、歯切れのいい食感。

駅からは遠いので車で行く人が多いですが、
駐車場があるので安心。
駅近いとパーキング代もかかるし助かりますね。
]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">平塚</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">湘南</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 27 Feb 2010 21:38:20 +0900</pubDate>
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         <title>麺やBar 渦</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://seattle-webworks.com/images/435376357.jpg"><img alt="435376357.jpg" src="http://seattle-webworks.com/images/435376357-thumb.jpg" width="240" height="320" /></a>

小田急江ノ島線の本鵠沼駅から歩いて1分の近さ。
昼はラーメン屋、夜はBARになるという変わったお店。
夜はともかく昼間は場所がわかりにくいかもしれません。

<a href="http://seattle-webworks.com/images/4573756376.jpg"><img alt="4573756376.jpg" src="http://seattle-webworks.com/images/4573756376-thumb.jpg" width="320" height="240" /></a>

ラーメンの雑誌には必ずといっていいほど
紹介されているところです。
煮干ラーメンが有名ですね。
味は醤油、塩、味噌などがあるんですが、
女性に人気なのもわかる味です。
]]></description>
         <link>http://seattle-webworks.com/2010/01/bar.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">湘南</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">藤沢</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 27 Jan 2010 21:54:14 +0900</pubDate>
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         <title>SEA MUNBAI （シームンバイ）</title>
         <description><![CDATA[JR藤沢駅から徒歩４～７分。
ビルの２階。
<a href="http://seattle-webworks.com/images/53345345436.jpg"><img alt="53345345436.jpg" src="http://seattle-webworks.com/images/53345345436-thumb.jpg" width="150" height="150" /></a><a href="http://seattle-webworks.com/images/5445375334.jpg"><img alt="5445375334.jpg" src="http://seattle-webworks.com/images/5445375334-thumb.jpg" width="150" height="150" /></a>

ランチのセットは色々あって、予算やお腹の空き具合で選ぶといいですね。
一番手頃なランチセットのムンバイランチ（８９０円）を注文。
ナンorサフランライス、ドリンク、サラダ、カレー（５種類の中から１品を選択）。

ナンを手作りしている様子が見えて期待感が増します。

喫煙可なのが人によっては助かったり、迷惑だったり・・・そこは我慢です。
]]></description>
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         <pubDate>Sun, 27 Dec 2009 18:22:12 +0900</pubDate>
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         <title>2秒3</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://seattle-webworks.com/images/64664.JPG"><img alt="64664.JPG" src="http://seattle-webworks.com/images/64664-thumb.JPG" width="320" height="240" /></a>

看板が出ていなくて、知っている人じゃないと入り口も分からないような隠れ家的なお店。
ＴＶで紹介されたのでいまや隠れ家ではなくなりつつある気がしますが・・・。

知らない人は店の前まで行ってもホントにお店があることがわからないので
誰かを連れていって驚かれると　それだけで　してやったりです。
店内は照明を落としていい雰囲気。

知ってたら誰かに教えたいような、教えたくないような・・・そんなお店です。

http://www.tpd-jo.co.jp/2_3.html]]></description>
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         <pubDate>Fri, 27 Nov 2009 18:01:02 +0900</pubDate>
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